東京高等裁判所 平成2年(ネ)2207号 判決 1991年2月18日
控訴人兼附帯被控訴人(原審平成元年(ワ)第三八四号本訴事件被告、
同第四四三号反訴事件原告、以下「控訴人」という。)
鈴木秀明
右訴訟代理人弁護士
浅野正久
被控訴人兼附帯控訴人(原審平成元年(ワ)第三八四号本訴事件原告、
同第四四三号反訴事件被告、以下「被控訴人」という。)
関いづみ
右訴訟代理人弁護士
渡邊高秀
主文
一、控訴人の本件控訴を棄却する。
二、附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。
昭和六三年一二月九日原判決別紙物件目録(二)記載の建物が焼失した火災事故に基づく、被控訴人の控訴人に対する損害賠償債務(平成元年二月一三日被控訴人が控訴人から債権額金三〇〇万円として請求を受けた債務)の存在しないことを確認する。
控訴人の反訴請求を棄却する。
三、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し、金五五〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言並びに附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として主文第二、第三項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決三枚目表一〇行目の「請求したが、」を「請求した。」に改め、同五枚目裏六行目の末尾の次に「なお、控訴人が被控訴人に対して求めている損害賠償は反訴請求原因記載の本件土地についての使用借権の価格賠償である。」を加える。)。
(証拠関係)<略>
理由
一、被控訴人が、昭和五九年以来、控訴人から同人所有の本件建物を賃借していたところ、昭和六三年一二月九日、被控訴人の次女(当時一三歳)が炊事中、フライパンの油に火が入り、その火が本件建物に燃え移って同建物を全焼させたこと、そのため、被控訴人は控訴人に対して、右次女の失火について民法七一四条一項により、あるいは債務不履行により損害賠償責任を負うに至ったこと、控訴人は被控訴人に対して、平成元年二月一三日、本件建物の焼失による損害賠償金として金三〇〇万円を請求したこと、控訴人は、日動火災保険株式会社から本件建物の焼失による損害について金一三五〇万円の火災保険金の支払を受けていることは当事者間に争いがない。
二、本件土地について控訴人と正司との間に使用貸借契約が成立していたこと、また、本件建物の焼失によって控訴人が右土地に対するいわゆる使用借権を喪失したことについての当裁判所の認定判断は原判決摘示の理由二と同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決八枚目表七行目から八行目にかけての「し、これを賃貸」を削る。)。
三、成立に争いのない甲第一及び第二号証、乙第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一及び第二号証、原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、本件建物は前示のとおり昭和二七年建築の木造瓦葺二階建居宅であったところ、その登記簿上の床面積は一階九八・〇六平方メートル、二階二四・八四平方メートルであったこと、本件建物は、昭和五二年頃、当時の所有者であった控訴人の父正司から被控訴人の当時の夫が賃借するようになったものであるが、相当に老朽化していることなどの事情もあって賃料は当初から月額金二万五〇〇〇円であったこと、本件建物は焼失してしまったためその朽廃するまでの年数を正確に把握することは困難であるが、通常の利用方法で、相応の維持修繕を施せば少なくとも一〇年程度は存続する建物と推定されることが認められる。
四、控訴人は、本件建物の焼失による損害は本件建物の滅失とその敷地使用借権の喪失であるとの前提に立ち、前者は前記火災保険金によって建物価格賠償として填補されたものの、後者の損害は右保険金によっては填補されていない旨主張している。
しかし、使用貸借は貸主の厚意、恩恵等に基づく無償契約であることから、借主の使用収益の権能、いわゆる使用借権も、借主が目的物を使用収益することを受忍するという貸主の消極的な義務に対応して生ずる消極的な権能に過ぎず、第三者に対する効力もないのであって、本件のように、建物が朽廃、滅失するまでという目的でなされた土地の使用貸借においては、当該建物が滅失すれば右使用貸借は当然に終了し、その滅失(焼失)が第三者の行為によって生じた場合も、その建物滅失それ自体による損害賠償の問題が生ずるものの、その消滅した使用借権については、使用貸借の右性格からすれば、独自に財産的価値があるものとして損害賠償の対象となるものではないというべきである(もともと土地の使用借権については、その性格上借地権などと異なり本来的な意味での市場価格というようなものは成立するはずのないものというべきである。)。
また控訴人は、本件建物の滅失による建物の損害のほかに、年間賃料収入額を基礎に本件建物の朽廃すべき時期までの残存期間の得べかりし経済的利益が右使用借権の喪失に伴う損害として生じていると主張するもののようであるが、朽廃時期における建物は、無価値になっているか、せいぜい廃材としての価値しか有していないものであるから、本件建物の焼失のときから本来存続すべきであったときまでの収益と、焼失のときの建物価格とを併せて本件建物の焼失による損害として請求し得るとするのは背理であって、焼失時の建物価格か朽廃すべきときまでの得べかりし利益かのいずれか高額の方が損害額の上限とならざるをえず、前認定のとおり、控訴人は金一三五〇万円の火災保険金の支払を受けて本件建物の価格賠償を受けているところ「本件建物の残存期間の得べかりし経済的利益の合計が右額を超えることについての特段の主張・立証はなく、かえって、弁論の全趣旨によれば本件建物の残存期間の得べかりし経済的利益の合計は右額を超えないことが窺われるから、本件建物の焼失による損害は右火災保険金によって全て填補されているものというべきである。
したがって、被控訴人の本訴請求は理由があり、控訴人の反訴請求は理由がない。
五、以上のとおりであるから、控訴人の本件控訴は失当としてこれを棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人敗訴部分を取消して、被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人の反訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。